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秋田新一郎・HELLO GOOD-BYE ⇒ 東京麺面

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秋田新一郎 音楽歴

1967年~1972年
ドラマー故石川晶氏のバンドボーイとなる。師は日本のスタジオ・ミュージシャンの草分けであり、師のもとで往時を代表する国内外の名だたる凄腕ミュージシャン達の生な実生活と名演奏を体感する。

1972年~1978年
ジャズピアニスト鈴木宏昌氏が設立した(株)蛙プロダクションに制作アシスタント兼マネージャーとして入社。
この間、当時の広告映像制作会社「日本天然色映画」に出入りし、広告音楽制作の基本を学ぶ。
広告が一番光り輝いていた時代である。

  手塚治虫作品「海のトリトン」テーマ BGM制作。
  サントリー「White」Sammy Davis Jr. 制作アシスタントとして初渡米。
  キューピーマヨネーズ企業CM 初プロデュース、等々。

1978年~1980年
(株)ミスターミュージックの吉江一男氏と出会い、夜討ち朝がけ馬車馬のごとく働き飲んだくれた。
この時代、バブル前夜、音楽も世はニューウェーブまっ盛り。
桑田佳祐、坂本龍一、巻上公一、竹内まりや、南佳孝、YMO 等々、次代を担う事になる多くのミュージシャン達と、30秒、60秒というCM音楽を表現舞台として暴れまくる。
この頃、昔言われた「D社の階段一段一段には100万両がころがっている」そんな上司からの一言を実体験しはじめた瞬間でもあった。

  「三ツ矢サイダー」サザンオールスターズ、CM、CFデビュー。
  「日清焼そば UFO」サザンオールスターズ 2作目。
  「Fuji Film」Y.M.O. CM、CFデビュー。
  「SEIKO」ゆく年くる年、坂本龍一 等々々。

1981年~2003年
(株)ハロー・グッドバイ、(株)ファニータ、CA現地法人Konnichi Music 他 設立。
本格的に広告音楽制作に参入する。
「たかが広告」「されど広告」「短いながらも楽しい我が家」そんな気分でご多分にもれず、バブル景気の波に乗り出し 呑み込まれていったのかもしれない、、、、、、、?
この間、日本広告音楽製作者連盟の理事長にかつがれもした。

現在私がいまだ現役でいられるのも、この時期国内外の音楽仲間と経験し、つちかい、はぐくんだ有形・無形「銭ではない」のたくわえがあったから。
そして同時代を生きた多くの広告マンや、演出家と切磋琢磨し合えた事が今の私を支え続けてくれている。

この間ご一緒した、印象深いミュージシャンと作家を列挙する。
一柳 慧、岩崎 工、鈴木 慶一、大貫 妙子、井上 大輔、樋口 康雄、Darryl Phinnessee、池 毅、Patrick Seymour、Larry Dunn、Kid Creole and the Coconuts、Michel Legrand、Ennio Morricone、Kathleen Battle、高橋 千佳子、白鳥 英美子、Karla Bonoff、Blues Saraceno、Michael Thompson、Luis Conte、Toots Thielemans、等々々々

(建築中 少々お待ちください)

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